猟師を目指して

こんにちは、福士です。


久々ブログに載せたい出来事があったのでご報告させていただきます。

狩猟免許を取得して2か月、やっとその資格を使用できる機会がやってまいりました~
前々から打診をしていたのですが、同じ地域の住民であるK氏からお声がかかり猟に同行させていただけることになったのです。上手くタイミングが合えばいいかな~位に思っていたのですが、思わぬタイミングでその時は訪れ、愛犬の散歩をそっちのけで参加させてもらった次第です。

猟とはもちろん猪。西表島では11月15日に解禁となり翌年2月15日までの4か月間を狩猟することができます。解禁から早2週間が経ちますが、K氏は早くも始めの1週間で2頭捕獲しており、2週間目の当日も期待を大きく持ってのの出動でした。猟期は特に解禁始めに多く捕れると言われており、K氏曰く12月までが勝負とのこと。そんな期待をもとに藪漕ぎや虫よけ備え長袖の衣類と虫よけスプレー、飲料水を用意して意気揚々に出発。

向かうはなんと徒歩、K氏宅の裏庭から白浜旧道に出て旧道を行くこと5分、裏山の林道に入る。愛犬の散歩でも馴染みの白浜旧道、この旧道途中にある林道も何度か入ったことがある場所だ。白浜のいくつかある裏山の間を流れる沢沿いの道である。行くこと5分、第一の罠が近づいてくるとK氏、「何か様子がおかしい」「獣臭い」「いるかも」そんな言葉に緊張しながら進んで行くと、「いたいた、でかいな」とK氏。下から見上げる場所にその姿があった。猪もこちらに気づいてこちらの様子を窺うようにじっとこちらを見つめている。顔の左右に口髭のような白い毛が生えているようで一見雄のように見えたが雌であった。雄であれば牙が危険であるためはっきりするまでは用心しなければ。よく見るとワイヤーの繋いでいる木が折れているようで下手すると突進してくる恐れがあるとのこと。K氏は素早く、近くの手頃な木を鋸で切って30㎝ほどの棍棒を作り私に手渡す「向かってきたらこれで」緊張は高まる。狩猟では必ず上から獲物に近づくことが基本であるが状況では下から見上げている形、状況的にも危険と判断し高巻いて上から近づくことに。


シダの林を開いて大きく高巻く。斜面には周りより大きな目立つ木がありそれが目印、その木の下に猪はいるはずだ。「いたぞ~思っていたほどでかくはない」それでもなかなかの良い型、一番手頃のなサイズである。K氏はさらに近づきワイヤーを掴んで確保を試みるが暴れてなかなな上手くいかない。「大きめの岩があったらよこして~」とK氏。丁度目の前に拳2個分ほどの岩があったのでそれを渡す。「ごん!」上手く猪の頭に命中、脳震盪を起こしたのか猪の動きが一瞬止まり、すかさずK氏は棍棒で頭を叩いた。猪は横に倒れてなおも抵抗しているが、そこで後ろ足を私が確保し無事捕獲成功。


とりあえず足をロープで縛りその場に生かして置いておくことに。一旦すべての罠を確認して下山時に〆て持ち帰る

その後山中を一回り、途中もう一頭かかっていたが小物なので問題なく捕獲できそう「小さいな~でも肉は柔らかくて美味いよ」とK氏。とりあえず残りの罠を見回り終えてから回収して行くことにした。さすがに今日は2頭まで。粛々と獲物を〆ていくK氏。私は生まれて初めて命をいただく場を目の当たりにする。猟師になるための試練ともいえるこの場面を私はただ茫然と見ていることしかできなかった。


食物をいただくことことは命をいただくこと。私達人間が生きていくために必要なことである。でも食物が有り余るこの時代にわざわざ狩猟する必要があるのだろうか?島ではこれを生計の足しにしている人もいるし、農作物の被害など害獣駆除のためでもあることから少なからず必要なことなのかもしれない。初めての経験で感傷的になり少々考えてしまったが、とにかく頂いた命は大事にしなければならない。すべて無駄のないよう利用し食することが猪への敬意というもの。そんな思いでその後の処理にあたった。

何はともあれ貴重な経験である。
山の神と同行させてくれた師匠に感謝したい。


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